2007-10-06

リフォーム

庭造りでモノを作ることに味をしめたくりまんじゅうは、次なる作業として、なんと無謀にも「リフォーム」にとりかかりました。


物件は、自宅ではなく、以前、工務店の事務所だった家を弟夫婦の住まいにする為の改装です。倒産後の物件だったので、中はかなり荒れ果ててました。また、店舗兼事務所として使われていたので、構造的にも一般住宅とは違います。





まずは、リビングから。とりあえず、いらない仕切り壁は叩き壊し、新たな仕切り壁をつくりました。そして、床に天然木のフローリング材を敷き、壁にパイン材を張り、珪藻土を塗り、天井もすべて珪藻土で仕上げました。張りレンガで汚い材や柱を覆ったり、アクセントをつけたりしました。



キッチンの床には、テラコッタタイルを敷きました。システムキッチンの納入に合わせて、壁にもタイルを張り詰めます。カウンターや食器の収納棚も手作りです。




仕事の合間にやらなくてはならないのと、現場が自宅から少し離れているので、工期はややかかりましたが、それでも三ヶ月程度で終わりました。(第一期工事)



予算の都合があり、涙を飲まざるをえないところもありましたが、くりまんじゅう的にはけっこう、頑張りました。
当時、テレビで「ビフォー・アフター」が流行っていた時だったので、写真も撮ってます。
では、次の投稿で、ビフォーアフターもご覧下さい。(笑)

庭造り

 子供の頃から三十代の後半まで、くりまんじゅうの一番苦手な分野というと「植物」でした。

 興味がなかったというのはもちろんですが、当時、花を見て名前が分かるとすれば、「バラ」「チューリップ」「たんぽぽ」「ユリ」あたりまでで、「カーネーション」や「すみれ」になるともはや???という状態でした。
 樹木となれば、「あの木なに?」と聞かれて、答えられるとすれば「桜」くらい。しかし、それも春の花が咲いている時期だけ。(もっとも、花が咲いている桜を「なんの木?」って聞くヤツなんて日本にいませんけど…(汗))
 それと、小学校に大きなシンボルになる「大イチョウ」があったので、唯一、それがわかった程度です。(けれどこれも、冬場、葉が落ちてしまったら分からない)

 そんなくりまんじゅうがガーデニングに目覚め、庭造りを始めたのは六、七年程前のことでした。切っ掛けはホームセンターへ行き、張りレンガのディスプレイを見てからでした。

 「あんなのうちのブロックに張っちゃう?」
 「いいよね。あんな風だったら・・・」

 くりまんじゅうとぶ~この会話です。くりまんじゅうの家の周りはふる~いよくある灰色ブロック塀に覆われていて、なんともかっこ悪いのです。

 「でも、どうにするんだろ?素人でもできるかな・・・」
 「大丈夫。YOU。ヤっちゃいなよ!」
 (と言ったかどうかは定かでないけど…ぶ~この眼はウオントそうに見えました)

 しかし、前途多難です。レンガや石を張るにしても積むにしても、当時は「セメント」と「モルタル」と「コンクリート」の違いすら分からなかったのですから・・・
そこで、まずはネットで勉強です。個人のサイトも役に立ちましたが、四国の左官業組合の青年部のホームページなんかも、凄く勉強になりました。
同時に、「DIY」関係や「庭造り」関係、また「ガーデンデザイン」なんて書籍を片っ端から買い捲り、血眼になってねじり鉢巻です。
 「よっしゃ、だいたい分かった」
 「だいたい」がミソでありウソです(笑)。全然、分かってませんでした。

 次に設計図の作成。机上でデザインするのは自由ですが、それが実際に作れるかが重要ですので、試行錯誤です。

 で、これが最初に書いた設計図です。

 くりまんじゅうの家の庭ははっきり言って狭いです。高台にあり、南を向いていて日当たりはいいのですが、いわゆる狭小庭というより家のまわりの通路です。 また、それまで土が剥きだしだったので雨が降ると靴が泥だらけになるので、床は石張りを基本としました。

 さて、それから施工が始まったのですが、くりまんじゅうの家はどこにも道路に面していないので、とにかく資材の搬入が大変でした。砂、砂利、セメント、レンガ、石、木材、こいつら異様に思いのです。

 汗だくだく、血圧軽く200を突破させながらの運搬作業です。

 作業はもっぱら平日の早朝、朝、日が昇ると同時に作業を始め、出社時間までに終わりにしました。3,4時間で区切りが付く作業量をあらかじめ決めておきます。それというのも、セメント工事は一度始めてしまうと、また後で・・・とうわけにいかないからです。
 そして、時間が掛かる作業はお休みの日になります。
 使用する資材も置いておく場所もないのでその都度買いに行きました。レンガとかホームセンターに欠品になると一週間以上待ったりして・・・

 結局、完成するまで半年くらい掛かりました。

 これは完成して半年くらいした頃です。


▲ 東の入り口から

▲ 廃棄ステンレス風呂を埋め込んだ池

▲ 西の入り口


 そして、これは上の写真をほぼ同じ角度から写した最近の庭です。 五年の歳月を感じます。



 庭が出来ると俄然、植物に興味がわきだして四季折々に寄せ植えなんて作ってます。

 実際に経験してみて、素人造園家が庭造りを成功させる方法をここに伝授します。(って偉そうに…)

  • デザインは直線を極力使わずRを多用する。
  • なるべく細かくデザイン変化をさせる。
  • 使用材は可能な限りいいものを使う。

 その理由はまた後で!

ゆっくりできない

ブログをはじめて、今日で一週間になります。
その間に感じたこと、それは無意識にネタを探していることです。(笑)
これが、けっこう疲れます。でも、面白くもあります。そして、それまでだったら気が付きもしないような些細なことや日常のなにげない事柄にも、意識が向けられるようになったことはある面メリットです。
特に自分で自分をを観察するようになりました。

くりまんじゅうはなにもしていないことが凄く苦手なようです。
一人でいる時は何か必ずしています。
トイレやお風呂に入るときは必ず本やマンガを持ち込みます。だから、温泉でゆっくりするとかいうのが、とても苦手です。一人で外食するにも、必ず雑誌を携帯します。オーダー待ちの時だけではありません。食べながらでも読んでます。
寝るときにはテレビは消さずに逆につけます。眠りに付くまでが我慢できないのです。
運転中はラジオや音楽を大音量で聞いてます。同時に景色も見ています。信号待ちだと新聞まで読み始めます。お茶も飲んでます。おにぎりを頬張っています。髭を剃ってることもあります。かなり、危険です。
歩いてどこかに行くときは、デジカメ持って出かけます。歩いてるだけが耐えられません。耳には携帯プレーヤーのイヤホンが入っていることもあります。
あぁ、書き出すとキリがありません・・・

誰か「ゆっくり過ごすコツ」をくりまんじゅうに教えてください。

なんちゃって登山

 くりまんじゅうは、海が、山が、川が、自然が大好きです。
 特に高い山は見ているだけでウキウキしてしまいます。

 バカと煙は高いところに上りたがるといいますが、なので、くりまんじゅうは時々、山登りをします。
 が、しかしです。日頃の運動不足と不摂生な生活で、さすがに本格的登山とはいきません。そんなことをすれば死んじゃいます。だから、「なんちゃって登山者」です。
 なんちゃって登山者とは、可能な限り文明の利器を利用して山を登る横着者をいいます。車でいける限りの高度を稼ぎ、そこから先は、ロープウエイはもちろんのこと、リフトが掛かっていれば、それに遠慮の欠片すらなく乗ります。
 さらに大切なポイントは、そういう交通手段のない山には、はなから行かないと言う情けなさです。だから、富士山みたいに高すぎる山とか中途半端に高い山にはいきません。 (富士山は五合目で満足)
 それでも結構、行く先はあります。立山や乗鞍岳、中央アルプスの木曽駒ケ岳あたりは有名どころですが、ここ一番最近は北アルプスの八方池まで行って来ました。

 白馬村のゴンドラ乗り場からでビューンと上がり、そこから八方尾根スキー場のリフトを2回を乗り継いで、あれよあれよと標高1830メートルです。
 そこは、すでに「どうだ、この野郎の!」気持ち良さ。

 そこからから八方池までの、標高差約200メートル、距離にして約3キロ、時間にして1時間半~2時間のトレッキングコースに挑みました。
 標高差200メートルは、モノホンの人にはなんでもない高さですが、なんちゃってにはかなりキツイです。登山道は整備されているのですが、石の多い道や急な登り坂もあるので足下にはかなり注意も必要です。雪も残ってました。けれど、豊富な高山植物や周囲の豪快な白馬三山の眺望が見事なのです。

 目的地に着くと自然と「万歳」してしまうのが不思議です。
 実際、天下を取った気持ちになってしまいます。

 登山道はさらに唐松岳へと続いていますが、ここから先は本格的な登山道、なんちゃってには荷が重い世界です。登山カードをだしていない人は先へ進めません。でも、いいのです。振り返ると日本とは思えないような景色が広がってます。

 また、どこかに行きたいです。

2007-10-05

グーグルマップ

もう、多くの人が見ているでしょうが、「google map」って改めて凄いと思いました。
例えば、遠方の友人の家とか、どんなところに住んでるのかなって思ったら、「google map」で、はい、この通り。

(これだけでは、どこのどこだか分からないと判断しましたが、もし、問題があれば削除します)

でも、くりまんじゅうの住んでる場所だと・・・悲しいかな、この通り・・・


ちょっと、「google」さん、差別じゃないかい?一キロ東に行けば、こうなのに!

はやく、くりまんじゅうも個人情報を気にするようになりたいです。

口癖

なくて七癖などと申しますが、くりまんじゅうにも口癖があることに先日気がつきました。

「何か飲む?」「だいじょうぶ!」
「朝ご飯食べる?「だいじょうぶ!」
「(どこどこ)行ってくる?」「だいじょうぶ…」

返事の多くに「だいじょうぶ」って言ってるそうです。この間、ぶ~こに「だいじょうぶってどういう意味なの?ずっと前から思ってたんだけど!」と怖い顔で聞かれてしまいました。
「だいじょうぶ?えっ、そんなこと言ってる…?」というのが、その時、思ったことでした。でも、それから、自分に注意してると、いやあ、言ってるんです。本当に…
「あっ、言ってるよ。オレ!」
百パーセント無意識なのですが、間違いなく多発してます。(^^;

で、自分自身を考察してみました。
例えば、「何か食べる?」「だいじょうぶ!」
というのは、聞かれた時の自分の心の一瞬の葛藤がそういう表現にさせているような気もします。
瞬間、「食べてみたい」という気持ちも少なからずあっても、「大丈夫、我慢する」という意思の表われだったり、はたまた、「食べたくない」という気持ちがあった時には、「お腹空いてないから、大丈夫」と…

続いて、どうしてこういうイエス、ノーをはっきりさせない言葉を使うのかも考えてみました。
これはくりまんじゅうの思い過ごしなのかもしれませんが、人が何かを尋ねる時、返事に「イエス」を期待していることが多いように思うのです。(もちろん、「ノー」を期待して尋ねることもあるのでしょうが、大抵、それは仕方なく質問してる場合でしょう)

今まで考えたこともなかったけれど、くりまんじゅう自身は、人になにかを尋ねる時、心のどこかで「イエス」を期待してるみたいです。
気の小さいくりまんじゅうは、だから「ノー」とはっきりいえず、曖昧な「だいじょうぶ」に逃げているのだと思います。
けれど、それが余計に相手を混乱させることになるのに…

う~む、こいつは気をつけなくてはいけない。と思う今日この頃であります。(反省)
とともに、また一つ大人になったくりまんじゅうでもあります。(得意)

でも、こういうのは「口癖」っていうのだろうか・・・(悩)

2007-10-04

焼きまんじゅう

つい最近知った・・・ってこともないのですが、上州名物「焼き饅頭」って、アンコ入りとアンコなしがあるんですね。伊勢崎在住の人と話していてはじめて知りました。
普通、焼き饅頭は「アンコなし」でしょうといったら、「嘘、そんなのなんだかマヌケな感じ」と言われてしまいました。
何をいってるんですか、私の感性から言わせて貰えば、「アンコ入り」の方が気持ち悪いです


それにしても、伊勢崎は「アンコあり」が当たり前(?話を聞いたのは3人だけなので当たり前と言い切ってしまうのには疑問もありますが・・・)で、西上州は「アンコなし」が当たり前。いったい、どの辺で変るのかはっきりしたラインを知りたい気もします。とりあえず友人たちに聞いた話だと高崎は「アンコなし」が圧倒的で、前橋は「両方ある」と言う人がいました。

でも、大学生時代、県人会で学園祭の露天で「焼き饅頭」を売った時、お客さんの反応が微妙だったのは記憶にあります。美味しいけど、なんだか物足りない・・・というような意見が多かった気がします。そう考えると、たぶん、知らない人が食べたら、中にアンコが入っているように思うのかもしれないし、そんな要望に応えて、アンコ入りを後から作ったという方が自然な感じがします。
また、焼き饅頭の発祥は諸説あるそうですが、時期的には幕末19世紀半ば頃らしいのですし、庶民の食べ物として出来たものでしょうから「アンコなし」が元祖でしょう。(アンコなし派のくりまんじゅうの勝手な意見^^;)

もし、遠方にいて焼き饅頭が食べたくなったら (ここから、どうぞ!)

実際、同じ群馬でも西毛と東毛(や北毛)で色々違いがあるんですよね。
例えば、「はーて」や「めっぱ」が通じるのも西上州だけですしね。(笑)

今日の上州弁

お国訛りの言葉、その地域にずっと根ざして伝わってきた言葉、「方言」ってくりまんじゅうは大好きです。
けれど、ずっと群馬で生まれ育ってきた私は、若い頃、群馬にも方言があり、それを自分でも話しているなんて気づきませんでした。
「群馬って標準語じゃなかったんだ!」
それをはじめて認識したのは、学生時代に東京にいた時です。ある日、あまり知らないクラスメートから「オマエ、出身、群馬だろう!」と不意に言われたことがあります。
「何で分かるの?」
くりまんじゅうが驚いて尋ねると、
「だって、群馬弁だもん」
と、あっさり言うではないですか。
興味を持ったくりまんじゅうは、彼に色々と聞いてみました。
彼の言うには、まず群馬県人は基本的に疑問文を「ん」で終わりにすることが多いと言うのです。
例えば、「どこ行くの?」とか「どこへ行くんですか?」を「どこ行くん?」とか・・・
うーん、確かに思い当たる節があります。「やったん?」「聞いたん?」「食べたん?」「帰ったん?」ははは、そう言えば、みんな、そうだ!
「それから、話していて耳に障るのが、「行く」を濁らせる」とも言いました。
「行く」濁る・・・?そう言って、私が不可思議そうな顔をすると、
行ぐ」「行がない」「行ぎたい」「行ごう」「行げねけよう」って言わない?」って聞いてきました。
思わず腹を抱えて笑ってしまいました。はい、確かに言ってます。無意識だけど、間違いなく言ってます。
そして、「他にもいっぱいあるけれど、イントネーションも群馬の人は違うのがある」とも言うのです。代表的な例は「イチゴ」「花びん」。標準語では「イチゴ」だけど、群馬弁だと「チゴ」。「かびん」は「びん」。
なるほど!
彼は趣味で方言の研究しているそうで、そういうのを総合的に考えると出身がどこだか、かなりの確率で分かるというのです。
その時は、へぇ、そういうものなのかという程度だったのですが、それから数年して、東京での学生生活が終わり安中へ帰ってきてすぐの頃、街中で偶然会った中学時代の同級生の女の子と、「あれぇ、久しぶりだね。中学卒業以来かな?」から始まった会話の中で、彼女が言った他愛もない一言が、私の心に妙に響きました。
その言葉は「もう、なから寒くなってきたからね」でした。
『な、なから・・・かぁ?』
数年ぶりに聞くその単語に妙な懐かしさを感じるとともに「あぁ、群馬に帰ってきたんだ!」という実感に襲われたのです。

本来、「なから」は「半ら・中ら」であり、その意味は「およそ半分。なかば」、これは平家物語や更級日記などにも出てくる由緒ある古語なのですが、現在、全国的には殆ど使われなくなってしまった言葉みたいです。実際、くりまんじゅうは群馬以外で耳にしたことはありません。
けれど、上州弁における「なから」には「かなり」という意味合いが含まれていて、割合として50%以上よりも多い(強い)状態を感じられます。例えば「なから出来上がったね」という言葉のイメージは半分程度出来上がったではなく、八割がた出来上がったに感じます。

でも、上州弁に限らず方言っていいですよね。津軽や鹿児島のような「異国」のような言葉も神秘的でいいですが、だいたい分かるけど、時々、分からないっていうのもすごく魅力的です。

例えば、以前、福岡へ言った時、混みいった居酒屋で聞いたとっとっとはかなり衝撃的でした。
五十半ばのオジサンが、突然、くりまんじゅうの横を指で示して、「とっとっと?」
それを聞いたくりまんじゅうがキョトンとしていると、一緒にいた知人が「とっとっと!」と言いました。
すると、オジサンは「あぁ、とっとっとと言って別の席の方へ去っていったのです。

「・・・何?」
くりまんじゅうが知人に聞くと「あぁ、博多弁で「この席、とってありますか?」っていうのを「とっとっと」っていうんですよ。で、とってあるのなら、これも「とっとっと」」と言って笑ってました。
いいじゃないですか「とっとっと」

ちなみに標準語と言うと「東京」ってイメージする人が多いですが、ネイティブな住民が標準語に一番近い言葉を話す地域は埼玉県の大宮から川越あたりだそうです。確かに根っからの東京人は確かにバリバリの江戸弁ですものね。

言葉は文化であり、まさに故郷だと思います。マスメディアが普及し、何もかもが標準化されていく時代ですけど、お国訛りの『言葉』もずっと残していきたいものだとくりまんじゅうは思っています。
これからも時々、上州弁に関する話題も書いてみたいです。

2007-10-03

コメントの付け方

コメントのつけ方が分からないとメールをいただいたので、簡単に説明してみます。 実際、くりまんじゅうもよくわかってないのですが・・・

まず、コメントを付けたい記事の最後にある「コメント」というところをクリックします。

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スキーが好き

今、「くりまんじゅう」の趣味ってなんですか?って聞かれたら、迷わずスキーと答えます。 実は、数年程前から、およそ16,7年ぶりに再開したのです。
スキーを初めて履いたのは、多分、小学校の時だったと思いますが、はっきり言ってそれは殆ど記憶がありません。憶えているのは高校二年生の冬、友達たちと苗場スキー場へ行き、吹雪の中で曲がれない止まれない凍える!で死にそうになったことが最初です。

それから24、5歳までは一冬10日から15日くらいゲレンデにも行っていましたが、完璧な「レジャー」スキーヤーでしたので、滑っている記憶よりも呑んでた記憶しか残ってないのが悲しいです。

スキーをやめてしまったのは映画「私をスキーに連れてって」で、突如、スキーブームが訪れて、ゲレンデが「芋の洗い場」になってしまったことに起因します。

最後に行ったスキー。それは、今でもはっきり憶えています。仲間たちと車2台で「片品高原スキー場」へ向かったものの、道は悪魔の大渋滞。本当ならば2時間程度で着く道のりが、5時間経ってもたどり着けません。
それでもようやく国道からスキー場へ向かう道まで入ったのですが、そこから先はさらに地獄でした。
駐車場が完全にオーバーフローしてしまっていて渋滞の列は「ピクリ」とも動かないのです。ふと見ると、道をとぼとぼと歩くスキー場の渋滞整理の係りらしきの人がいたので尋ねました。
「あのう…どのくらいかかりますか?」
「………」
おじさんは無言でした。そして、黙って首を横に振りました。
その瞬間、悟りました。そのおじさんが何を言わんとしようとしているのか…
無理なのです。そう、今日、明るいうちにスキー場へたどり着くことは…もはや、無理だということを。
車内の仲間たちと相談した記憶もありません。無言で反対車線へ車の頭を入れ、数度の切り返しの後、今来た道をただひたすら走ることになりました。車内はなぜか妙に静かだった記憶があります。もう、みんな疲れちゃったのです。
この日を最後にスキーとは決別しました。仲間たちもみなやめてしまったようです。

それから十五年以上。くりまんじゅうの頭の中にはスキーのスの字も浮かびませんでした。
切っ掛けはある日、ある時、ふとカミさんと話をしていて、「かつてはスノーボードしてた」というそれまでまったく知らない話を聞いたことでした。
ウソッ!、マジ?
「そんなの一度もきいたことなかったよ~!」
「そうだっけ?ヘタだけどね…」
「そっか。じゃあ、試しに行ってみるか?くりまんじゅうだって昔はやってたんだぜ。スキー」
「いいけど、ボードはイヤ!転ぶと痛いし…でも、スキーならいいよ…」
「よし、行くぞ。スキー」
そして、そのシーズン最後押し迫った3月の末日に、15、6年ぶりにスキーを履いたのです。(レンタル)
場所は妙高杉野原スキー場。高速がなかった頃はとても日帰りでいけるスキー場ではありませんでしたが、今は本当に便利快適です。
久々のスキーは非常に怖かったです。でも、何本か滑っているうちに徐々に感覚が戻ってきて、心は若き頃にフィードバック。
ヤッホー♪
けれど…身体はまぎれもなく歳をとってました。帰り際、なまった身体が慣れない運動で悲鳴を上げ、疲れた肢が攣ってしまって大変なことになってしまいました。(笑)
そのシーズンはその一回きり。翌シーズンは多分2回ほど。再開したといってもお遊び程度でした。
で、突然、やる気になってしまったのが、その次のシーズンからでした。理由は簡単です。カミさんに新しい「板」と新しい「ブーツ」を買ってもらったからです。(実際、レンタルって結構面倒なんですよね。値段も高いし…)
道具も十五年で大いに変わってました。特に板の変わり方は凄かったです。
おいおい、こんな短くていいのか?
いったい、なんなんだこのシャモジみたいな形は?
最初はかなり違和感がありました。
板が変わっただけではありません。滑り方も変わってました。
なんだか、皆、昔のレーサーみたいな感じで滑ります。曲がるのに身体をすごく傾けて、ストックも殆ど突かないで凄いスピードで滑っていきます。
あれが今の流行の滑り方?
疑問に思ったくりまんじゅうは、まわりにスキーに詳しい人がいないのでネットで調べてみました。
シャモジみたいな短いスキーをカービングスキーといい、滑り方をカービングターンというそうです。カーブは最初、曲がるの方の「curve」かと思ったら、「carve」であって彫る方の意味のカーブでした。エッジで雪面を「グイン」と彫るターンです。
それから暇があるとネット上の様々なスキーサイトを覗くようになりました。
で、感想は…
「いやあ、スキー馬鹿って、まだまだ、世にいっぱいいるのですね!」
けれど、それまでスキーを滑るといっても自己流で好き勝手に滑っているだけで、基本など何も知りませんでしたし、なにより、スキーという運動を頭で考えて滑ったことなど一度もなかったので、すごく勉強になりました。と同時に、興味の対象がぐっと深まりました。それまで意識の欠片もなかったスキー検定やスキースクール、その体験記や受講記なども様々なサイトで大変面白く、読ませていただきました。
で、先々シーズンあたりに感染してしまったのです。「スキー馬鹿菌」はくりまんじゅうの体内へも入り込み、現在も増殖中です。(笑)
この菌は冬場の寒い時に猛烈に活動しますが、夏場は基本的に休眠してます。が、時折、刺激を与えると活動を活発にしますので、今年は真夏にスキー板を買ってしまいました。(爆)今までならば、信じられない行為です。
リンクを張らせて貰っている(ここ)とか(ここ)はくりまんじゅうが夏場でも見ているお気に入りのサイトです。まだ、リンク張りのお願いもしていないのですが、近々ご挨拶に伺おうと思ってます。
ここ)は一年中、まるで日課のように眺めています。
もう一つ、大好きなサイトがあったのですが、この春、閉鎖されてしまいました。かなり落ち込みましたが、そのうちきっと再開してくれるだろうと期待してます。

少しずつ寒くなってきて、体内の馬鹿菌が徐々に活発になってきました。初滑りはいつになるか、今から楽しみです。おニューのスキーも待ってます。

来年は「白銀のシーズン」とかいうスキー映画がロードショーされるそうです。でも「私スキ」のように、加熱ブームにだけはならないことを希望します。くりまんじゅんの2度目のスキーが終わりますから…
まあ、大丈夫だと思ってますけど… (笑)

脳内メーカー

脳内メーカー

夏頃から週刊誌などで、ときおり見かけていたけれど、あまり関心もなかったので意味もがよく分かりませんでした。
でも、やってみたら結構面白いです。


くりまんじゅうの脳内
「悩」と「食」
うーん、どうなんだろう?



本名だとこれ!
ギクッ!
けっこうあってるかも(笑)













色々とあるんですね。
これは、くりまんじゅうの脳内フェチ

自分ではそういう趣味はないと思うのですが・・・
そうなんですかねぇ・・・



くりまんじゅうのTシャツだとこうなるそうです。
支配者か・・・
けど、価格が199円というのは泣ける。
しかも税込みだし(^^;

最初、「ジャー」というのがよく分からなかったのですが、なるほど、「ゴレンジャー」とかの「ジャー」なのですね。そう言えば甥っ子が「激レンジャー」っていつも言ってるし、流行っているんですね。
『くりまんじゅうジャー』 テーマソングが笑わせてくれました。

くりまんじゅうジャーテーマソング

いつも優しくルンルンルン
言葉責めで倒していくぜ
他人に辛く時折甘く
五里霧中の万引日和さ
オトトイキヤガレ
勝利の為の合い言葉
みせろ!クレジット戦法
ここで!ダブルチーズアタック
また着たの!くりまんじゅうジャー
一昨日来やがれ!くりまんじゅうジャー


でも、やっぱり、家族や友達とかの名前を入れて脳内を見るのが笑えます。




































ごめんねぇ!

2007-10-02

八ヶ岳倶楽部

この間の日曜日、『八ヶ岳倶楽部』へ行ってきました。標高1350M、八ヶ岳の南麓、大泉(現北杜市)にあるとても素敵な、お気に入りの場所です。

オーナーは俳優の柳生博氏、息子さんのNHK「趣味の園芸」のキャスターである柳生真吾氏とともに経営しています。八ヶ岳、特に清里あたりには「カレー」や「漬物」に代表されるいわゆるタレントショップといわれるものが沢山ありましたが、ここは違います。
30年ほど前からこの地に住み、自らの手で土地を切り開き、様々な雑木を植えて作り上げた庭(雑木林)が主役のスペースです。八ヶ岳倶楽部としてパブリックに公開されるようなったのは、20年近く前から、けれどご本人も敷地内に住んでます。
年に2回ほど5年ほど前から四季折々通ってますが、必ずどこかにいらっしゃいます。というか、ほとんどレストランで談笑しながら飲んでる姿をお見かけします。(笑)



もう、齢70歳になるかと思いますが、やはりオーラがあります。柳生さんがいる場所だけ不思議な光が放たれてますのですぐに分かります。

ここがいいのはまず、赤松を伐採し様々な雑木を植え込んだ「雑木林」が圧倒的に美しいところです。高原らしく白樺が基調なのも、個人的には特に好みです。八ヶ岳主峰赤岳を背にして、正面の富士の姿は美しいです。林の中にはテラスがあり、焚き火ができる炉があり、また枕木が道として敷かれていて、奥へ奥へと誘われます。
四季それぞれに美しいですが、やはりクライマックスは秋でしょう。涙がでるほど美しい風景に出会えます。イングリッシュガーデンや日本庭園など美しい庭も色々とありますが、八ヶ岳倶楽部の雑木林にはある種の哲学を感じます。

「人間も大事だ。生きものも大事だ。「人間と自然の仲のいい風景」、それが庭なら、人も生きものも、すべてが機嫌よく生きた里山こそ日本の庭園である。つまり、雑木林こそ、理想の庭でなかろうか」

柳生さんの言葉です。

単に雑木を植えただけではこんなに美しくはなりません。きちんと計算をした上で目をかけ手をかけ少しずつ作ってきた庭だと思います。華美ではないのに華があります。ガーデニングや庭に関心のない人でも清々しい気持ちになれるのがなにより一番です。

それから、ペット同行可も嬉しいところ。レストランは屋内は不可ですが、野外のテラスであれば、一緒にお茶を飲んだり食事をすることも可能です。だからうちのシロもとてもお気に入りです!

「くりまんじゅう」と「ぶ~こ」

今回は9月下旬でしたので紅葉にはまだ早い時期でした。今年の色づきは遅れているようですから、今月末あたりにまた訪れようと思っています。

「風景を作る人柳生博」 生 和寛著
「花鳥風月の里山 柳生博の庭園作法」 柳生博・生 和寛著

http://www.yatsugatake-club.com/okaimono/

くりまんじゅうのお気に入りの本でもあります。

2007-10-01

うちのワンコ


うちにはワンコが一匹います。名前は「しろ」と言います。犬種はイングリッシュセッター、いわゆる猟犬です。今年で十二歳。猟犬としたらだいぶ、歳を食っています。人間に換算したら70歳以上になるのでしょうか。

実に我侭な犬です。贅沢極まります。大好物はケンタのチキンと雪印の切れてるチーズ。ドッグフードなんて食べません。なのにキャットフードはおやつ代わりに時々食べます。(そんな風に育てた飼い主が悪いのですが・・・)

猟犬ですので、散歩はかなり大変です。最近でこそ動きもだいぶ鈍くなってきましたが、ついこの間までは、朝は必ず山へと出掛け、好きなだけ駆けずり回ってきました。ひどい時は5時間も・・・帰ってこないなんてことも・・・だから、散歩から帰ってくると泥だらけ。そのまま風呂場へ直行で、シャンプーリンスの毎日です。

犬小屋はなく、家の中で自由気ままに暮らしてます。うち、そして両親の家、さらにはお店が敷地続きなものだから、行きたい場所でやりたいことを、まさに自由奔放な生活です。夏場は板の間、冬場はコタツで寝てます。それからマッサージチェアーの上もお気に入りのようです。散歩と食事以外はまず寝てます。一日20時間くらい寝てるようです。

変な犬です。ガタイがでかくて一見怖そうにも見えますが、基本的になにをされようとも無抵抗です。されるがままになってます。
こんなことも・・・


 こんなことも・・・

しろの生まれは長野県の浅科村(現佐久市)
実はちょっといわくつきなのですが、それはまた後で・・・

30年ぶりの再会・・・

先日、およそ、30年ぶりにとっても懐かしい人に会えました。
安中にいたのは小学1年生まで、そして6年生の時に一度戻ってきて、中学2年の時に再度転校してしまいました。
今は福岡にいるそうですが、とにかく群馬が大好きで、安中が大好きで、昔の友達が大好きで、新婚旅行もなんと群馬だったというから驚きです。本人も「自分でもかなり異常と思う」と笑ってました。そして、老後は真剣に群馬移住を考えているそうです。

最初、会ってわからなかったらどうしようって少し不安だったのですが、30年経っても、面影って残ってるもんですね。変わらぬ笑顔がとても素敵でした。楽しいひと時をありがとうございました。

安中大好きさんに、ささやかなプレゼント!

現東邦○鉛板鼻社宅:当時は木造だったような記憶が・・・


社宅すぐ隣を流れる大谷津川

社宅の子供公園
ついでに、石山&植野邸跡(^^;奥に見えるのが豊順鉱業

二葉幼稚園&安中教会

ご希望があれば、撮ってきます。(^^)v

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