栂池高原に到着です。
ゴンドラ「イブ」へ向かいます。
栂池のゴンドラは長いです。その斜長距離は4121m。
苗場と田代スキー場を結ぶ「苗場・田代ゴンドラ」通称「ドラゴンドラ」(5500m)が出来るまでは日本一の傾斜長を持つゴンドラでした。(ちなみに「ドラゴンドラ」の名付けの親は苗場の女王ユーミンってお話ですが、真偽の程は知りません。^^;)
でも栂池の場合、4キロ超のゴンドラの先にさらに1200mのロープウエイがあり、それに乗り込めば白馬岳のふところ標高約1900mの栂池自然園まで空中散歩が楽しめます。
ゲレンデベースの高原駅が標高約830mなので約1000m駆け上がります。
ゴンドラ「イブ」のベース駅。
ゴンドラは運行していましたが、この日はまだゴンドラリフトの山頂駅から下るハンの木ゲレンデ上部のみ滑走可能なようで他のコースはオールクローズのようでした。
ゴンドラ駅の近くにいたスキー場のユニホームを着たオジサンに聞きます。
「イブはペットの乗車はできますか?」
「ごめんねぇ。うちはダメなんだ!」
「あっ、そうですか…」
「岩岳はOKだけど、まだゴンドラ運行しえてないからなぁ…」
「さっき、見てきました。」
「わざわざ来てくれたのに悪いねぇ。」
「いや、いいんです。ちなみに上の方は雪あるんですか?」
「うーん、あるにはあるけど、今年はまだ全然ダメダね。一度積もったんだけど殆ど溶けちゃった。実際、参るよ」
「早く雪降ればいいですね。」
「ホント…神様に祈るしかないよ…」
車に戻り、ちゃっかり運転席に座るチャップに伝えます。
「チャップ、栂池はダメだってさ!」
「ザンネンだワン!」
そんなこんなで栂池でもチャップのゴンドラ初体験はダメでした。^^;
*
でも、ゴンドラがダメなら車で行っちゃえ!と1キロ先のゴンドラ途中の白樺駅へ。チャップを解き放してやりたいところですが、雪が解けていて足元がグチャグチャ。
こんなところを走らせたら、二度と車に乗せられなくなるので、残念ながらチャップはぶ~こと一緒に車の中でした。
鐘の鳴る丘ゲレンデトップです。
ビギナーパラダイス。「栂池」といえば「鐘の鳴る丘」というように、この先にべらぼうに広いなだらかな斜面が広がっています。
あんまり滑りたいと思う斜面じゃないけれど…^^;
実は今回初めて知ったのですが、ここに池があるんですね。
栂池には何度も来ているけれど、冬場はまったくわからなかったです。ひょっとしてこの池が「栂池」?
いやぁ、知らんかったなぁ…^^;
さ~て、しかし、どうするか?(汗)
今更HAKUBA47へ行ってもなんだしなぁ…
まぁ、いいや、とりあえず車走らせよう!って向かった先がここでした。
スキー場が連なる白馬エリアの一番北側(日本海側)に位置している「白馬コルチナスキー場」です。
そして、コルチナと言えばなんと言っても「グリーンプラザ」。赤い屋根の如何にも北欧風な建物がゲレンデのまん前にどかんと鎮座しています。
周囲になにもない山の中にこの建物、更に、雪があると実にかっちょいい!
ホテルグリーンプラザはナショナルチェーンのホテルグループですが、この特徴的な建物は白馬と上越と軽井沢(正確には群馬の嬬恋だけど^^;)の3つ。
軽井沢はいつ出来たのかまったく知らなかったけれど、いつの間にか『鬼押し出し』の先のプリンスランドの中に出来ていた。気がついたのも3年ほど前・・・(笑)
ここのホテルもぶ~こはお気に入り。勿論、その見かけが…^^;
いつか「ここに泊まってスキーがした~い!!!」と言ってますが、それは未だ叶わぬ夢。
でも、聞いた話だとその外観と内部はだいぶイメージが違うらしい。
ここにロマンチックさとかを過剰に求めると軽く裏切られるらしいです。(汗)
まぁ、もう建ってかなり時間の経つホテル。確か80年代後半の「私をスキーに連れてって」が大スキーブームを作った直後にオープンしたような記憶があります。くりまんじゅうがスキーを一旦やめる直前。
なので、それもしかたがないかもしれませんね…^^;
前述したように白馬エリアで一番北側に位置しているので、例年、積雪量もエリア一なのですが、今年は雪不足でスキー場はオープンされていませんでした。
なので、駐車場もガラガラ…
クリスマスまでに降ってもらわないと営業立ち行かなくなってしまいそうですが、それも天の神様しだい…自然相手の商売は本当に大変です。
本日の目的は果たせませんでしたが、さ~てとそろそろ帰路につきましょう。
と言っても素直には帰りません。
「ここまで来たんだから日本海見て帰るか!」って更に国道148を北上しました。
実際、ここまでくればに日本海まで50キロ弱。糸魚川から北陸自動車道に乗り、上越ジャンクションで上信越自動車道に分岐すれば約3時間で帰れますから…
北アルプスから日本海に注ぐ姫川沿い国道148号の傍ら。
この慰霊碑は平成八年の十二月、前年の豪雨で土石流など壊滅的な被害にあった姫川流域の復旧工事中、再び大規模な土石流に襲われて尊い命を亡くしたその工事に携わっていた十四名の人たちのものだそうです。
憶えています。
長野オリンピックを一年後に控えて、急峻な山の谷間の姫川沿いを山肌を縫うようにして走っていたR148を懸命に改修拡張していた頃でした。
そう言えば、前年の土石流で大糸線も線路が崩壊してかなり長い間、運行していなかった。
うーん、あれからもう14年ですか…
今でも工事が続いてますが、実際、すごい場所です。
山と言うより崖です。
今すぐにでも崩れ落ちそうな山肌が続いています。
現在の国道はトンネル主体で危険はあまり感じませんが、以前の道はまさに命懸けっていいような道でした。
でも、国道側から見る大糸線は今でもかなり怖いです。^^;
早く行きましょう。
あと一回続きます…
< Nikon D700 + Sigma 24mm F1.8 EX DG MACRO 他 >
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