くりまんじゅうの街の道でも歩道のフラット化が進んでいます。
「高齢者、障害者、子供、妊婦、車椅子やベビーカー利用者など社会弱者が安全で安心して利用できるバリアフリー化された歩行空間の整備」というその趣旨はとてもよく分かります。
ただ、こういう小さな田舎町だと、そのメリットとデメリットを比較すると「どうなんだろうな?」と首を傾げたくなる時があります。それは単に費用対効果というものと別にしてもです。
まず、よく見かけるのが、歩道がフラット化された為に、自転車(やバイク)が物凄いスピードでそこを走っている姿です。
これまでは、こんなデコボコしてた歩道ですので、
自転車はスピードも出せませんし、それでも飛ばしたい人は車道側を走っていました。(それはそれで危ないことですが、弱者保護という観点からすれば、自己責任です)
それがフラット化で歩道を飛ばすので、非常に危ないです。歩行者にとっては、ある面、車よりも危ない気がします。
また駐車場や脇道から出てくる車などまるで眼中に無いように走行しますので、実際、くりまんじゅうも寸前で突っ込まれそうになったことがあります。
中仙道の両脇に出来た昔からの宿場町、当然、どの商店にも駐車場は殆どありません。そして、今では寂れた街ですので、交通量は少なく、渋滞など起こるはずもない道です。
けれど、フラット化された歩道と車道を仕切る縁石には、車を駐停車させない意図もあります。
自販機でタバコ1つ買いたくても、お茶一本飲みたくても、車を停めることは出来ません。
そもそも駐車禁止の道ですから、それも仕方ないと思う部分も多々ありますが、問題は「それでも停める車は道に停める」から余計に始末に悪いのです。
上の写真の左の車、前方の赤信号に停まっているわけではありません。車道に堂々と駐車してます。
今までは、半分程度歩道に乗り上げて駐停車していた車が、今では、それこそ道を完全に塞ぐように停めるので、起きなかった渋滞が発生したり、通り抜けるのには完全に対向車線を走らなければいけないのです。
ですから、今度はそれを阻止するようにパトカーの集中巡回になります。そうなると荷物の積み下ろしも出来なければ、如いては商店街への営業妨害になります。
「社会弱者」の救済が、いつの間にか「経済弱者」を切り捨てようとしています。
勿論、歩道をフラットにすることに反対なわけではありません。いいことです。「ただフラットにするだけ」に反対なのです。それで終わってしまったら、割合的に確率的に、どう見ていても「メリット」よりも「デメリット」を感じます。
そして、ものには塩梅があり、ただ良いことをすることだけが、良い結果につながるとはいえないのではなかろうかと思う今日この頃なのです。
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実は、今朝、この交差点で信号が「青」になったので左折しようと車を前に出したら、左から凄い勢いで赤いバイクが直進してきて、右前に見える細い坂の路地へ曲がっていきました。
一瞬、くりまんじゅうが信号を「見間違ったか?」と焦りましたが、間違いなく「赤いバイク」の信号無視です。
それを目にして、さらに時折、「郵便局」の赤いバイクがフラット化された歩道を走っていることを思い出して、つい、くりまんじゅうらしくないこの投稿へと繋がってしまったわけです。(^^;
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ついでに書くと最近、身障者用の駐車場にパイロンが置かれている光景を時折、眼にすることがあります。
健常者であるにも関わらず、そこへ駐車するモラルの欠如した人が後を絶たない為の措置だということは、想像に難くありません。しかし、それが本当に適切な手段かというと頭を少し傾げてしまいます。
そこに停めるには一度車を降りて、パイロンを退けてから、もう一度駐車するという行為を身障者に強いるのです。足が不自由な人(に限りませんが…)にとっては如何なものでしょうか。考え様によっては本末転倒のような気もしてしまいます。
(身障者駐車スペースというのではなく、「車椅子利用者専用駐車スペース」というのであれば、殆どのケースにおいて同乗者がいるでしょうから理屈に整合性はとれますが、しかし、もしそうであると規定するならば、むしろ店舗の間際でない方が広い有効スペースを複数取れるので、そういう場所に駐車場を確保して、そこからしっかりとしたバリアフリーの通路を確保する方が有効的な気がします)
勿論、このようなスペースを確保することは素晴らしいことです。ただ、「身障者用の駐車スペース」を確保するだけでなく、そこからもう一歩、踏み込んだ対策が必要に感じてしまうのです。
これも、歩道のフラット化と同じです。
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