(旧碓氷峠を歩く その4)からの続きです。
それにしても、一つの話題で5日目というのは初めてです。すいません、いっぺんに書いてる時間がないのです。
「碓氷坂の関所跡」です。
「昌泰二年(899)碓氷の坂に関所を設けたといわれる場所と思われる。」と書かれてました。
標識には、坂本宿2.5Km、熊野神社6.4Kmとありました。いうまでもなくここまで6.4Km歩いてきたことになります。また、坂本宿まで2.5Kmということは旧R18までの峠道もあと2キロというところでしょうか。
近くに東屋もあったのですが、遠くの山の方から雷も聞こえてきたので、休憩することもなく先を急ぎました。
『四軒茶屋跡』
「刎石山の頂上で昔ここに四軒の茶屋があった屋敷跡である。今でも石垣が残っている。(力餅、わらび餅などが名物であった。)」とあります。
刎石山というのは、坂本から西に向かって正面に見える小高い山です。その頂上付近にあった茶屋なのでしょう。 (というか、そこにくりまんじゅうたちもいるわけです・・・)
さらに杉の木を避けるように進んでいくと…
「弘法の井戸」なる井戸がありました。
説明書きは二つあり、一つは「諸国を旅していた弘法大師が、刎石茶屋に水がないので、ここに井戸を掘ればよいと教えたと伝えられている霊水である。」と書かれており、また別の一つには「弘法大師から、このところを掘れば水が湧き出すと教えられ、水不足に悩む村人は大いに喜び「弘法の井戸」と名付けたという。」とありました。
弘法大師まで出てくるのですから、まさに悠久ですねぇ…
ちなみに井戸は枯れることなく、中を覗くと今でもたっぷりと水が入っていました。
さらに道を進みます。
また出てきました「馬頭観音」。これが出てくると悪路になるとこれまでの経験上感じます。注意して先に進んでいきます。
いきなりそこだけ明るくなりました。「覗(のぞき)」という場所です。
左右はおろか頭上までほぼ全行程が木々に囲まれた旧碓氷峠のこの道で、唯一(といってもいい)見晴らしの利く場所です。眼下には「坂本宿」の一本道がはっきりと見渡せます。
また、すぐ傍に「山梨」の老木がありました。ここで一茶が「坂本や袂の下の夕ひばり」と詠んだそうです。
そして、ここから先は・・・はい、正直言って想像以上の悪路でした。
「上り地蔵・下り地蔵」
「十返舎一九が「たび人の身をこにはたくなんじょみち、石のうすいのとうげなりとて」と… その険阻な道は刎石坂である。刎石坂を登りつめたところに、この板碑のような地蔵があって旅人の安全を見つめているとともに、幼児のすこやかな成長を見守っている。」
これは後で写真を見て読んだ説明です。現場ではそんな余裕はなかったです。(^^;
そして、さらに「刎石坂」。
説明書きには「刎石(はねいし)坂には多くの石造物があって、碓氷峠で一番の難所である。むかし芭蕉句碑もここにあったが、いまは坂本宿の上木戸に移されている。南無阿弥陀仏の碑、大日尊、馬頭観音がある。ここを下った曲がり角に「刎石溶岩の節理」がよくわかる場所がある。」とありますが、はい、要するに、ここが『碓氷峠で一番の難所』なのです。実際、確かに歩くのも厳しい悪路であり難所でした。
ちなみに「大日尊」がこれであり…
「刎石溶岩の節理」とはこれのことです!
ここには「火成岩が冷却、団結するとき、き裂を生じ、自然に四角または六角の柱状に割れたものである。」と記されていました。
瓦礫の坂道がしばらく続きます。 (写真がとれるのはそれでも比較的道のいい場所です)
一歩歩くごとに、「侍マラソン」の走者をさらに尊敬してしまいます。
そしてようやく杉林が左右に現れ始めると里が近い空気を感じました。
なので、山紫陽花にレンズを向ける余裕も少しだけ…
不思議とここだけ光が差し込んでいました。
見上げるばかりに高い送電線の鉄塔の下を抜け…
そして、道中最後の立て札がこれでした。
「堂峰番所」というそうです。
「堂峰の見晴らしの良い場所(坂本宿に向かって左側)の石垣の上に番所を構え、中山道をはさんで定附同心の住宅が二軒あった。関門は両方の谷がせまっている場所をさらに掘り切って道幅だけとした場所に設置された。現在でも門の土台石やその地形が石垣と共に残されている。」とありました。
ここまでくればあと少しです。
それは道に階段が造られていることだけでも分かります。
そしてついに、ついに到着です!
旧R18へ出てきました。
この看板を見て「山ヒル注意!って書いてあるじゃん!でも、今更、言われてももう遅いよ!」とぶ~こが怒ってました。(笑)
ということで、くりまんじゅうも旧碓氷峠走破の記念撮影。
ついでに、もう二度と歩くことはない気がしたのでもう一枚。(^^;
時刻は3:10。「いづみや」を出てから、3時間20分かかってしまいました。
当初の予定ではここから旧R18沿いに横川駅まで歩いて信越線で安中駅まで帰るつもりだったのですが、何故か、急遽予定を変更して「碓氷湖」まで行くことにしました。
ということで、さらに続いてしまいます。(笑)
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しかし、自分の言葉で書かない文章で・・・実につまらん。まさにマンネリだな。
かといって、書き直すことも出来ない・・・すみません。なので、謝ります。m(_ _)mペコリ
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