子供の頃はまわりの物、身近なものをとてもよく見ていたような気がする。小学生、いや中学生くらいまでか…きっと、何もかもが「初めて」見るもの…新鮮で興味深かったのかもしれない。
それから歳を重ねていくうちに、いつの間にか身近なものにあまり目がいかなくなっていった。普通、当たり前、つまんない、興味なし…
新しいものや刺激の強いもの、もの珍しいものばかり気になっていて、知らぬ間に30数年過ぎてしまった。
昨年、カメラを買った。理由はもう何度も書いているのであえて書きません。(笑)
ニコンの安いデジタル一眼レフにダブルズームキット。予算から追いかけた結果です。
手にしてからも、生活のスタイルはそれ以前とさほど変わらない。基本的にアウトドア派。散歩も好き。インドアも嫌いじゃないけど・・・
けれど、一番変わったのがまわりを見る「目」。
そう老眼がかなり進んだ。って、そうじゃないだろ!>くりまん
なんだか、今まで見ていなかったものをとってもよく見ている。(ような気がする…)
だからか、えっ?と思うようなことも多いです。
この秋、くりまんじゅうが「前からそうだったけ?」と思ったことは…
沢山あるけれど…例えば、「コスモス」。
唐突ですが、「コスモスって昔からこんなにあちらこちらに咲いてましたっけ?」と素朴な疑問。極めて個人的な…
コスモスっていうとくりまんじゅうは高原に咲く特別な花というイメージが強くありました。今年になるまで、街場で見ていた記憶があまり残っていないのです。^^;
ちなみに、国道254号、通称「川越街道」で県境の内山峠を越えて群馬から長野県へ入ると、そこから約9キロ、延々と道の両脇にコスモスが咲いています。
その昔、秋になると「コスモス街道でも行って来るか?」と父親に誘われ、喜んで車に飛び乗ったものです。ミツビシ360。
その後「狩人」が歌った「コスモス街道」はここからタイトルを取ったものだと言われています。(但し、歌詞から場所を特定しようとするならば、同じ佐久でも、北佐久郡軽井沢町辺り、北国街道(右は越後へ行く北の道♪)と中山道(左は木曽迄で行く中仙道♪)が分岐する追分宿辺りのはずです。)
それが、いつの間にか日本全国津々浦々、あちらこちらに咲いているじゃありませんか?コスモスっていつの間にこんなに大繁殖したのでしょうか?大げさじゃなく、浦島太郎な気分です。
ついでに書いてしまえば、「柿の木」も凄く気になっている。
地方地方によって違うのかもしれないけれど、群馬のこの辺だとそれこそ一家に一本、柿の木が植えられています。それは昔からそうだったような気もする。
けれど、違うのが、どの柿の木を見ても実を採っていないのです。橙色の柿の実が鈴なりになっていつまでもぶら下がっている。
昔、「柿の収穫」はどの家でも秋の恒例行事だった。だから、柿の実のぶら下がった木はひどく気になったもの…
実際、人様の庭に忍び込み、こっそり盗んで怒られたりもした。
でも、今は採った痕跡もなければ、採りそうな気配もない。
動物愛護の精神で冬を迎える鳥に与えようというのか…
高齢化による人手不足で柿の木に上ろうとしないのか…実際、柿の木は割れやすい
スーパーで売っている美味しい柿になれてしまって、今更、自宅の庭の渋い柿など食べたくないのか…
きっとそういう理由もあるかもしれないけれど、もっと大きな理由は、そもそも「柿」をあまり食べなくなったのだろう。子供にしたって、柿なんて今時、ご馳走じゃない。
けれど、40年前、柿は間違いなくご馳走だった。
柿の木にいつでも実が下がっている姿は侘しい。寒くなればなるほど、その姿は寂しく感じます。(柿がこんなに気になるは「苗字」のせいでしょうか(笑))
でも、去年の秋も同じだったはず。
でも、去年はそんなこと、これっぽちも感じなかった。
来年もまた感じられる目があるでしょうか…そんなことを感じています。
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